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アレッサンドロ・ファルネーゼ (枢機卿) : ミニ英和和英辞書
アレッサンドロ・ファルネーゼ (枢機卿)[けい, きょう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
枢機 : [すうき]
 (n) important state matters
枢機卿 : [すうきけい, すうききょう]
 (n) Cardinal (Catholic)
: [き, はた]
 (n) loom
: [けい, きょう]
 【名詞】 1. lord 2. state minister 

アレッサンドロ・ファルネーゼ (枢機卿) : ウィキペディア日本語版
アレッサンドロ・ファルネーゼ (枢機卿)[けい, きょう]

アレッサンドロ・ファルネーゼ・イル・ジョヴァーネ(Alessandro Farnese il Giovane, 1520年10月5日 - 1589年3月2日)は、イタリア枢機卿および外交官ローマ教皇パウルス3世(俗名アレッサンドロ・ファルネーゼ)の孫であり、初代パルマ公ピエール・ルイージ・ファルネーゼの長男、第2代パルマ公オッターヴィオの兄である。
ヴァレンターノで生まれた。長子でありながら聖職についたことから、ピエール・ルイージの正妻ジェローラマ・オルシーニの子ではないのでは、という憶測が飛び交った。ボローニャで学び、パルマの行政官となった。1534年、パウルス3世によりサンタンジェロのディーコン枢機卿など数々の称号を賜り、多くの禄と館を得た。1536年シチリア司教となると、当地に大学を創設した。
教皇特使として、神聖ローマ皇帝カール5世フランスフランソワ1世の絶え間ない争いの仲裁に当たった。1546年には、カール5世がシュマルカルデン同盟との戦いに教皇に援助を願い出たため、アレッサンドロは帝国軍に同行した。1580年には教皇選挙の候補者となったが落選している。他にはジェズ教会の出資およびローマのファルネーゼ宮殿の改築、カプラローラのファルネーゼ宮殿の建設や教会の補修を行った。
一人娘で庶子のクレーリア・ファルネーゼの名前が伝えられており、「天使のように清らかな」といわれた彼女は、ローマの名家出身のジョヴァン・ジョルジオ・チェザリーニへ、次いでマルコ・ピオ・ディ・サヴォイアへ嫁いだ。
ふあるねせ あれつさんとろ
あれつさんとろ すうききよう


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「アレッサンドロ・ファルネーゼ (枢機卿)」の詳細全文を読む




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